以前、Webクリエイターボックスの「世界のWebデザイナーのお給料はいかほど?」という記事が話題になっていました。
記事そのものではなく、記事に対する Twitter や、はてなブックマークのコメントでの反応を見ていて個人的に気になったことがありましたのでここにまとめました。
「他の国とくらべて日本のWebデザイナーの年収は低すぎる」とか「海外に脱出するしかない」と嘆いている方がかなりいらっしゃったようですが、こういう見方もありますよ、ということで…
※この記事は、2013年に公開したものを2019年にリライトしたものです。
Webデザイナーは、海外に移住すれば給料が上がる?
特定の方を晒しあげるつもりはないのでツイートを埋め込むのはやめておきますが、Twitter では「世界のWebデザイナーのお給料はいかほど?」という記事をツイートするときに、以下のようなコメントをつけている方が何名かいらっしゃいました。
「これはオーストラリア移住するしか…!」
「やっぱりニュージーランドに住むか」
「英語できるだけで報酬が爆上げですよ、という話」
果たして、オーストラリアやニュージーランドに移住する、あるいは英語を覚えるだけで年収は上がるのでしょうか。この記事では、ここについて考えてみたいと思います。
そもそも、「Webデザイナー」の定義は国によって違うのでは?
私がまず最初に気になったのは、「『Webデザイナー』と呼ばれる人が持っているスキルは、国によって違うのでは?」ということです。
異論はあるかと思いますが、私は日本での「Webデザイナー」の定義は「PhotoshopやIllustrator、Adobe XDなどを用いてWebデザインカンプを制作することができ、HTML+CSSコーディングがある程度できる」方のことを指しているのではないかと思います。
また、コーディングができず、Webデザインカンプ制作しかできない方のことも、日本では「Webデザイナー」と呼ばれることがあります。
もちろん、デザインとコーディングのほかに、Flash 制作ができたり、jQueryプラグインを使ってページに動きをつけたり、WordPressテーマ制作ができるという方も「Webデザイナー」に含まれると思います。
しかし、jQueryプラグインに頼らず JavaScript をゴリゴリ書ける方は「Webデザイナー」というより「フロントエンド・エンジニア」や「プログラマー」などと呼ばれることが多いと思います。
また、サーバサイド・スクリプト(PHP・Ruby・Perl等)を使ってWebアプリケーション開発やソーシャルゲーム開発を行う方のことは「Webデザイナー」とは呼ばないと思いますし、SEO担当者のことも「Webデザイナー」とは呼ばないと思います。
オーストラリアやイギリスの「Webデザイナー」の定義って?
「世界のWebデザイナーのお給料はいかほど?」という記事によると、「Webデザイナーの総支給額の中央値は$70,000(約688万円)」だそうです。とのことで、日本(301万円)の2倍以上です。
オーストラリアは、日本と比べて物価が著しく高いという話は聞いたことがないのですが、為替の影響などを考えたとしても2倍以上もの差が開くものでしょうか。
Twitter などでは「日本のWebデザイナーの給料は安すぎる」といった意見が多かったですが、私は「そもそもWebデザイナーの定義が国によって違うのでは」と思い、オーストラリアやカナダ、イギリスなどでWebデザインの仕事をされたことのあるWebクリエイターボックスの管理人の Mana さんに Twitter で聞いてみました。
@webcreatorbox 日本だとWebデザイナーはデザイン+簡単なコーディングしかできない人が多い印象ですが、AUやUKはどんな感じですか?サーバサイド言語やJS、SEOなどもできて当然な感じでしょうか?
— なつき (@Stocker_jp) March 12, 2013
※注: AU=オーストラリア UK=イギリス JS=JavaScript
@stocker_jp AU, CAはオールマイティな人が多いですねー。それに比べたらUKはデザインのみの求人もあります。最初はそれでUKも低めかな?って思ったですけど、その場合は媒体がWebでもjob titleがグラフィックデザイナーになるんですよねー。うむむー。
— Webクリエイター ボックス (@webcreatorbox) March 12, 2013
※注: CA=カナダ
やはり、「Webデザイナー」とはデザインだけでなく、プログラミングなどもできる方のことを指しているようです。
Facebook でも、海外でWeb制作の仕事をされたことがある方は「世界のWebデザイナーのお給料はいかほど?」という記事に対して、「海外では、 HTML/CSS/PHP/SEO/アナリティクス(アクセス解析)のスキルくらいは持っておいてねという暗黙の了解がある」といったコメントも見られました。
日本では、Webデザインができなくても「Webデザイナー」?
私は、時々 Twitter などで仲良くさせていただいている方とランチしながら世間話していることがあるのですが、最近「新しく入社したWebデザイナーが、Photoshopすら使えなくて…」という悩みを聞く機会が増えました。もちろん、Illustratorやそれ以外のアプリケーションでWebデザインした経験も全くないそうです。
ちなみに、話を聞いたのは全員都内の方ですが、それぞれ全く別の会社に勤めている方です。
「Webデザイン経験ゼロの方がWebデザイナーとして入社した」とは何を言ってるのか分からないと思いますが、正直私にもよく分かりません。
@webcreatorbox やっぱりAUはデザインだけじゃなくてオールマイティでしたか。最近、都内で「Webデザイナーとして入社した人がPsもFwも使えなかった」って話をたて続けに聞いてるのですよね。そういう人でも仕事があるのが不思議ですが、欧米と比べて定義が違う気がしますね。
— なつき (@Stocker_jp) March 12, 2013
※注: Ps=Photoshop Fw=Fireworks(昔Adobeが販売していたWebデザインアプリ)
ちなみに、「Webデザイン経験ゼロの方がWebデザイナーとして入社した」というケースは、大抵「エディトリアルデザイン(印刷物のデザイン)の経験はあるがWeb制作の経験はゼロ」とか「印刷ディレクションの経験はあるが、Web制作やディレクションの経験はゼロ」という方が、非制作業務の人事担当者と面接し、「Webデザイナー」として入ってきたというケースが多いようです。
今はエディトリアルデザインの仕事はほとんど求人がないはずなので、そういった方が「Webデザイナー募集」という求人広告を見てWeb制作未経験のまま応募してくるのは理解できなくはないのですが、なぜ人事担当者は雇ってしまうのでしょうね?
「よくわからないけど、同じような業務だし大丈夫だろう」と思っているのか、「Webデザインなんて誰でもできるだろう」などとなめられているのでしょうか?
私も、昔エディトリアルデザインの仕事をしていて、途中でWebデザインの仕事に転職したのですが、制作方法は似ているようで全く違うため最初の半年くらいはかなり苦戦しました。同僚の方にはかなりご迷惑をお掛けしてしまったと思います。
欧米では、スキルが高くないと「Webデザイナー」になれない?
@stocker_jp えー!それで仕事任されるんですね…。あ、あと日本は素人を育てるみたいな文化があるみたいですし、それも関係してそうですね。
— Webクリエイター ボックス (@webcreatorbox) March 12, 2013
@webcreatorbox そうですね。日本の会社はなぜか新卒大好きです。欧米では、既にスキル高い方じゃないと就職・転職厳しい感じですか?もしそうだとしたら、スクール出たばかりの方はどうしているのでしょう?
— なつき (@Stocker_jp) March 12, 2013
@stocker_jp スキルないと無理ですねー。学生さんは在学中にインターンしたり、学校や知人のコネ使ったり、フリーランスとしてプロジェクトをして実績を作ります。
— Webクリエイター ボックス (@webcreatorbox) March 12, 2013
ですよねー
日本では、制作会社で(安い給料と長い労働時間に耐えながら)実績を積んでフリーランスになるケースが多そうですが、ひょっとして欧米は逆なのですかね?
@webcreatorbox なるほど、ありがとうございます。日本だと、Webデザイナーって誰でもなれそうな感じがしますが、欧米では間口が狭そうですね。
— なつき (@Stocker_jp) March 12, 2013
@stocker_jp 国によって違うかもしれませんが、基本的にWebデザイナーは「訓練が必要な技術職」に分けられるはずなので、誰でもなれる、というイメージはないですねー。ここらへんはまたゆっくりお話しますか!
— Webクリエイター ボックス (@webcreatorbox) March 12, 2013
日本と欧米の「Webデザイナー」、何が違う?
長々と書いてきましたが、ざっくりまとめるとこんな感じでしょうか。
欧米のWebデザイナー
- 誰でもなれる職業ではない(スキルはもちろん、実績やコネクションが必要)
- デザイン、HTML、CSSのほか、サーバサイド・スクリプトなどもできて当然という暗黙の了解がある?
- SEO、アクセス解析などもできて当然?
日本のWebデザイナー
- 誰でもなれるチャンスがある(人事担当者の判断による)
- デザインカンプ制作さえできれば「Webデザイナー」を名乗れる
欧米だと、まずWeb制作会社に就職するまでが大変そうですね。
仮に、デザイン、HTML、CSS、プログラミング、SEO、アクセス解析について、即戦力になれるくらいの知識を身につけようと思ったら、最低1年以上はみっちり学ぶ必要がある気がします。
日本では、色々なWeb制作会社の方に話を伺っていると、たとえデザイン、コーディング、プログラミングすべてできる方がいたとしても、1人に全部は任せず「デザイン担当者」と「コーディング担当者」と「プログラミング担当者」に分ける場合もあるようですね。
でもやっぱり、日本のWebデザイナーの年収は低すぎる
「実績や多彩なスキルがないとなれない」欧米のWebデザイナーと、「誰でもなれる(可能性がある)」日本のWebデザイナーでは年収の中央値に開きがあるのは仕方がないことだと個人的には思います。
ただ、Twitter などで何名もの方が「日本ではクリエイティブに対する評価が低すぎる」とか「受注金額が低すぎる」と書かれていて、私もそう思いますし、それは大きな問題だと思っています。
また、「世界のWebデザイナーのお給料はいかほど?」という記事には出ていませんでしたが、労働時間の多い順に並べたら6カ国中おそらく日本が1位でしょう。
Webデザイナーが、年収を上げたり労働時間を減らすためにできること
今持っているスキルをさらに磨く
「Webデザイナーが年収アップする方法」というと、真っ先に「プログラミングなどの新しいスキルを覚える」などの答えが返ってきそうな気がしますが、その前にできることはあると思います。
例えば、先日「佐藤可士和氏のGU新ロゴ」という記事が話題になりました(該当の記事は既に削除されています)が、その記事についたはてなブックマークなどのコメントを見ていると、「タイポグラフィ勉強しようと思った」と言っている方が何名もいらっしゃいました。
エディトリアルデザイナーからWebデザイナーに転職された方であれば、最初からWebデザイナーをされている方よりタイポグラフィについて深い理解があると思います。
これからは、RetinaディスプレイやSVG画像、Webフォントなど、Webデザインにおいてもタイポグラフィの力を活かしたデザインができる時代になると思います。
新しいスキルを身につける
「7つの習慣」という本には、働き者の木こりの寓話が書かれています。
朝から晩まで一生懸命木を切っている木こりの、のこぎりの歯が丸くなっていることに気づいた旅人が「木こりさん、のこぎりの歯を研いではいかがですか。そうすれば仕事がもっと捗りますよ」と言ったところ、木こりは「歯を研いでいる暇なんてないさ。木を切るだけで精一杯だ」と強く言い返したそうです。
私は、Webデザインの仕事を始めて最初の2年くらいは、仕事が終わって帰宅した後や土日にPHPやWordPressの勉強などをしていました。
勉強している期間は忙しかったですが、フリーランスになった後それらの知識が役に立ち、一度仕事がうまく回るようになると、会社員をやっていた頃にはとても手に入らなかったような自由な時間を手に入れることができました。
情報を発信する側になる
私は、このブログを書いていなければ、ほぼ間違いなく今でも会社員のままだったと思います。
情報を発信するべきなのは、Webデザイナー個人だけではなく制作会社にも当てはまると考えています。
クライアントには「Webサイトはこまめに更新した方が良いですよ」と薦めながら、自社(Web制作会社)のWebサイトはほとんど更新されていないということはよくある話だと思います。
最近は、いくつものWeb制作会社がこまめにブログを更新するようになったり、SNSで積極的に情報発信するようになってから会社が活発になり、規模がどんどん大きくなっているようです。
断るべき時は断る
日本のWebデザイナーの年収が低かったり、残業が多い原因のほとんどは、仕事を断るのが下手だから、あるいは断るのが怖いからではないかと思っています。
明らかに金額や納期に問題がある案件を受けてしまうと、結局誰にとっても(発注者にとっても)得にならないケースのほうが多いと思います。
あるいは謙虚さの表われなのか、特に実績の少ない方の場合、無料もしくはタダ同然で仕事をしようとする方もいますが、こちらも、誰にとっても(Web業界全体にとっても)得にならないケースが多いと思います。
私のWebデザインスクール では、もし無料もしくはタダ同然で仕事をして実績をつもうとしている方がいた場合、必ず止めます。そんなことをするくらいなら、自分のポートフォリオ(作品集)やブログに力を入れたほうが良いと考えているからです。
最後に: なぜ私はWebデザインスクールをしているのか
私は、Web制作会社だけではなく、日本企業全般の労働時間が長すぎることは大きな問題だと思っています。
実は、私は会社員だった頃あまりの残業の多さや日本企業の堅苦しさに耐えられず、イタリアに移住しようと思って2年ほどイタリア語を勉強していたこともあります(イタリアは景気が悪すぎて外国人の就職は厳しいことや、インフラに問題があるため諦めました。なお参考までに、イタリアのWebデザイナーに聞いたところ、年収は日本よりやや低いようです)。
今は、自由になった時間の殆どを、より効率のよいWebデザイン制作手法の研究に費やしています。
それはなぜかというと、現在日本で出回っている多くのWebデザイン関連書籍やWebスクールは制作効率の面で大きな問題があると考えており、それらを使用してWeb制作を学習した場合、就職後もずっと効率の悪いやり方で制作し続けてしまうと考えているからです。
研究の成果は、Webデザインスクール や 書籍 という形で発表し、少しでもWeb制作者の労働時間の削減に役立てればと思っています。