CanvaによるAffinity買収は「Adobeとの競争への大きな一歩」である
ベクターグラフィックツール「Affinity Designer」写真編集ツール「Affinity Photo」などがCanvaに買収された件について、思うことをまとめています。メインビジュアルは Affinity team の写真です。
はじめに
2024年3月26日、CanvaがAffinityを買収したことが発表されました。
この買収は、AdobeがFigmaを買収しようとした時とは異なり、既に完了しています。
私は2019年頃から日本でAffinityの普及活動に携わってきていたので、ユーザーの方が心配しそうなことへの回答と、個人的にこの買収について思うことをまとめたいと思います。
ユーザーの方が心配しそうなことに対する回答
まず最初に落ち着いていただきたいのですが、Affinity開発元のSerif社は、今後の販売やアップデートや更新に関して以下のように表明しています。
- 今後も引き続き買い切りでの購入は可能
- 永続ライセンスとしてアプリを購入できる選択肢を廃止する予定は全くない
- 今後もAffinity 2に無料アップデートを提供する
- 将来的にはAffinityとCanvaが統合される可能性はある。Affinity アプリに必要な機能や改善の開発は継続する
1, 3, 4のソース: A message to our amazing Affinity community
2のソース: XでのAffinity開発元Serif社のCEOのポスト
※3月28日に、CanvaとAffinityで共同発表した「AffinityとCanvaのPledge(誓約)」の日本語訳をこの記事の最後に追記しました。
※4月3日に、Affinity と Canva の誓約 の公式日本語翻訳ページが公開されました。
「何のために買収したのか?」という点について、ブルームバーグによると、「Adobeと競争するための大規模な買収」だそうです。
Canva Acquires Affinity Design Adding AI Tools to Portfolio as It Rivals Adobe – Bloomberg
タイトル翻訳: オーストラリアのユニコーン企業Canvaが、AdobeのライバルになるためにAffinityデザインスイートを買収
私が思うこと
私は、2019年ごろから日本でAffinityを普及するための活動をしていたので、それについて思うことをまとめると以下のような感じです。
- 最近はさまざまな問題が発生していた
- ユーザーを増やすために大きな企業と提携し、「Canvaからステップアップしたい方」たちを取り込む必要があると考えていた
- サブスクリプションが悪なのではなく、「Adobeのサブスクリプション」が悪なだけ
Affinityの現状と課題
販売の頭打ちと伸び悩み
Affinityの販売は、ここ最近頭打ちになっているように見受けられます。
たとえば、Googleトレンドでは2020年5月をピークに伸び悩んでいます。
ツイート検索すると、アクティブユーザーは多いものの、「Affinityを買った」という新規ユーザーらしいツイートがやや減っているなど、新規ユーザーの獲得が難しくなっているように見えます。
アップデートの内容と新機能追加の遅れ
Affinity 2の最近のアップデートは、UIの微調整やバグ修正など、細かい改善が中心となっています。
ユーザーから要望の多い大きな機能追加や、AIなどの革新的な新機能の導入が遅れており、アプリケーションの大幅な進化が見られません。
参考リンク: Affinityの新機能一覧
マーケティングの問題点
Affinityはマーケティング活動を外部企業に委託していますが、その効果には疑問を持っていました。
例えば、セールの時にFacebookなどに広告を出稿していますが、英語版の広告バナーは美しいものの、日本語版の広告バナーは問題だらけでした。
日本語のテキストに中華フォントが使われているだけであればまだかわいいものですが、翻訳が無茶苦茶だったり、場合によっては、法的に問題がありそうな誤訳になっていることがありました。
法的に問題がありそうなものはPR担当者の方に私が英語でメールを書いて説明し、広告を取り下げてもらったこともあります。
フォントや文字組みが無茶苦茶なFacebook広告には、「このアプリを使うと、こんなに汚い広告が作れるのですか?」など皮肉めいたコメントが並んでいました。
その後、日本の広告代理店が入るようになりましたが、日本語広告の品質が十分に改善されたとは私は思っていません。
Affinityが抱える問題の原因
買い切りアプリの限界
Affinityは買い切りアプリとして販売されているため、売上を増やすには新規ユーザーの獲得、新アプリの開発、メジャーアップデートが必要です。
しかし、現状ではこれらを実現するためのリソース(人材や資金)が不足していました。
Affinity開発企業Serif社CEOのツイート:
— なつき🐰Webスクール&AI (@Stocker_jp) March 27, 2024
「私たちは、永続ライセンスとしてアプリを購入できる選択肢を廃止する予定は全くありません。また、追加の資金援助により、近い将来にv3をリリースする圧力もないため、私たちは現在のv2への無料アップデートに100%集中しています。」https://t.co/1aC5kctMti
「追加の資金援助により、近い将来にv3をリリースする圧力もないため」というのは、裏を返せば、「最近は資金に困っており、早くバージョン3をリリースしなければという圧力を感じていた」と言うことです。
これらの問題はなぜ発生しているのか
これらの問題は、「買い切りのPhotoshopやIllustrator代替アプリを求めている方は、既にAffinityを買っている(あるいは、知っていて買わないと決めている)」ため新規ユーザーが減り、売上が減少していることが原因だと私は思います。
Affinity DesignerやAffinity Photoには、 以前からデザインや写真編集に最低限必要な機能は既に揃っています。
しかしそのせいで、新しいバージョン(Affinity 2)への買い替えが進まず、この先売り上げが減っていく可能性を心配しています。
Canvaとの提携による可能性
新しいユーザー層の開拓の必要性
Affinityが今後も成長していくためには、PhotoshopやIllustratorの代替アプリを求めているプロのデザイナーだけではなく、アマチュアの方や普段デザイン作業をされない方などにも広く普及していく必要があります。
そのために、私は 「Canvaからステップアップしたい方たちを取り込む必要がある」 と考えていました。
Canvaの普及状況と特徴
この記事を読んでいるプロのデザイナーの方にはあまりピンとこないかもしれませんが、Canvaは既に広く普及しています。
試しにCanvaに無料アカウントを作って、どんなテンプレートがあるか見てみてください。
YouTubeのサムネイル、Instagramストーリー、バナー広告、noteやブログのOGP画像など、どこかで見たことのある画像のテンプレートがたくさん並んでいるはずです。
「Canvaからステップアップしたい方」をターゲットにする意義
Canvaを使っている方は、手軽にそれらしい見た目のものを作りたい方が多いので、最初はテンプレートの文字を差し替えるだけで「楽できて便利」と感じると思います。
しかし、だんだんこだわりが出てきて、「もっとこうしたい、ああしたい」と思い、本格的なデザインツールを使ってステップアップしたいと思う方もいるはずです。
そうなったときに、Adobe製品は高すぎるだけでなく、Canvaと連携するのに向いていません。
なぜなら、AdobeはCanvaのライバルアプリをリリースしているため、提携が難しいからです。
しかし、iPad版Affinity Designerなどは低価格ですし、Canvaと競合していません。
そこで、Canvaと提携し、制作したデータを読み込んでそこからさらにデザイン作業できれば、これまでと比べものにならないくらい広く普及するのではないかと考えていました。
AffinityがCanvaに買収されたことには驚きましたが、 「この先Affinityが広く普及するきっかけになる」と私は期待しています。
サブスクリプションモデルについての考察
Adobeのサブスクリプションモデルの問題点
Canvaに買収されたことに対して、特に英語圏のユーザは、SNSなどで否定的な反応を示している方が多いようです。
その理由の多くが、以下のようなものです。
- Canva社は、Affinityをサブスクリプションにするに決まっている
- サブスクリプションにしないなんて信用できない
- 大手企業による買収は、製品の質の低下につながることが多い
これに対して、私が思うことは以下の通りです。
サブスクリプションが悪なのではなく、「Adobeのサブスクリプション」が悪なだけ
Adobe製品が昔のパッケージ販売だった頃、毎日デザインをする方も、年に数回しか使わない方も同じパッケージを数十万円払って購入する必要がありました。
それに対して、サブスクリプションであれば、例えば「年に一回しか使用しない方」は使用する月だけ契約すればよく、費用を抑えながら最新のアプリを使用することができます。
ところが、Adobeのサブスクリプションはどうでしょうか?
まず、現在Adobe製品を使用したことがない方が初めて体験版を使用しようとすると、クレジットカードの登録を求められます。
そして1週間以内に解約手続きを行わなかった場合、自動的に年間サブスクリプション契約をさせられます。
体験版を使い始めてから8日目に解約しようとすると、数万円の違約金の支払いを請求されます。
このような体験をしたことがある方は、まず間違いなくサブスクリプションが悪いものだと感じると思います。
サブスクリプションモデルの本来のメリット
サブスクリプションモデル自体は、必要な時だけ契約でき、手軽にサービスを利用できるメリットがあります。
Adobeの問題点を踏まえた上で、ユーザーにとって有益なサブスクリプションプランを提供することは可能だと考えます。
Canvaによる買収に対する期待
資金・人材不足の解消による新機能追加
Affinityは、最近は大きな新機能を追加できていませんでした。
しかし、Canvaによる買収により、Affinityの開発に必要な資金と人材が確保され、新機能の開発が加速することが期待できます。
たとえば、Affinityは、広告などの対応を見る限り日本語の分かる方がいないようです。
しかし、Canvaはすでに縦書きに対応しているなど、多言語対応も進んでいます。
新たなユーザーの獲得
Canvaとの協力関係により、AffinityはCanvaユーザーという新たな顧客層を獲得できます。
「Canvaテンプレートの読み込み、Canvaで制作したものをAffinityで引き継ぎ」といった便利な提携も考えられます。
また、Canvaの持つ人材、技術力、全世界でのプロモーションといったノウハウを活用することで、Affinityのさらなる進化が期待できます。
まとめ
私がAffinityを応援している理由はいくつかあります。
- Adobeが殿様商売でユーザーを苦しめているのは強力なライバルがいないからであり、ライバルが必要だから
- モダンなUIでサクサク動作し、快適だから
- 名前の通り親和性(affinity)が高く、複数のアプリを行ったり来たりしなくても、1つのアプリで写真編集もデザインもできたり、iPadで続きの作業ができるなど革新的だから
しかしながら、特に最近は資金・人材不足などの問題もありました。
Canvaによる買収は、これらの問題を解決し、Affinityのさらなる発展につながると期待しています。
サブスクリプションモデルへの移行を不安がっている方もいるようですが、公式に「買い切りでの販売は継続する」と言っていますし、もし将来的にサブスクリプションに移行するとしても、ユーザー目線に立った適切なプランが提供されることを期待しています。
Affinityの今後の動向に注目しつつ、より多くのユーザーにAffinityの魅力が伝わり、Adobeの強力なライバルとして、業界に新しい風を吹き込んでくれることを願っています。
※Affinityは執筆時点では、アプリ30%オフ、素材50%オフのセールが開催されています。
公式サイト: Affinity – 本格的なクリエイティブソフトウェア
追記: AffinityとCanvaのPledge(誓約)について
主に英語圏で、Affinityをサブスクリプションにするつもりではないか、開発が止まったりするのではないかと不安視されていることを受けてか、AffinityとCanvaの公式ウェブサイトの両方に「AffinityとCanvaのPledge(誓約)」が掲載されました。その内容を翻訳しました。
追記: 4月3日に、Affinity と Canva の誓約 の公式日本語翻訳ページが公開されました。
- 私たちは、Affinityを特別なものにしてきた永久ライセンスを含む、公正で透明性があり、手頃な価格設定に取り組んでいます。
私たちは、デザインをより公平でアクセスしやすいものにするという約束を共有しています。Canvaにとって、これは世界中の何百万人もの人々に無料で私たちのコア製品を提供することを意味し、Affinityにとっては、公正な価格の永久ライセンスモデルを意味しています。私たちは、このモデルがAffinityの提供における重要な部分であることを知っており、将来的にも永久ライセンスを提供し続けることを約束します。
サブスクリプションを提供する場合は、それを好む人のために、永久モデルと並んでオプションとしてのみ提供されます。これは、CanvaユーザーがAffinityの採用を開始できるようにすることに適合します。また、Affinityユーザーに、選択した場合、CanvaをプラットフォームとしてAffinityアセットを共有およびコラボレーションするための方法を提供することもできます。 - 私たちは、スタンドアロン製品スイートとしてのAffinityへの継続的な投資を通じて、Affinityの製品の拡張に注力します。
私たちは、Affinityが市場で最高品質のプロ級デザインスイートであると信じています。非破壊的で、超高速で、使いやすいです。そのため、どこにも行かないことを保証したいと思います。
実際、私たちは共有リソースを使用して、スタンドアロン製品スイートとしてのAffinityへのさらなる投資を通じてAffinityの製品の拡張を継続することを約束します。私たちは、可変フォント(バリアブルフォント)のサポート、ブレンドおよび線幅ツール、自動オブジェクト選択、見開きページ、ePubエクスポートなど、要望の多い機能のロールアウトを加速することを楽しみにしています。
これらの追加により、Affinityは市場で最高の高度なデザインスイートとしてさらに強化され、V2への無料アップデートとして来年にわたってリリースされます。 - 私たちは、学校と非営利団体(NFP)に無料でAffinityを提供します。
2段階の計画を通じて企業としての価値の30%を世界のために良いことをすることを約束しているCanvaは、世界中の学校とNFPにプレミアムプランを無料で提供しています。 6,000万人以上の学生と教師、さらに60万のチャリティーと登録された非営利団体が、毎月これの恩恵を受けています。
私たちは、このプログラムを拡張して、Designer、Photo、Publisherへの無料アクセスを学校と非営利団体に含めることを嬉しく思います。これらのプロ級ツールは、この無料の提供に多大な価値を付加し、何百万人もの学生がデザインの技術を習得するのを助け、ミッション主導の組織が声を増幅し、影響を最大化できるようにします。
今後数ヶ月の間に、Affinityを既に使用している教育機関およびNFPのお客様にとって何を意味するのかを含め、これについての詳細を共有します。 - 私たちは、この旅のあらゆる段階において、デザイン・コミュニティの声に耳を傾け、それに導かれることを約束します。
AffinityとCanvaは、それぞれのコミュニティ(専門家と非専門家のデザイナー)が、より良いものに値するという基盤の上に設立されました。利用可能なツールは過度に複雑であるか、過度に高価であるか、その両方でした。私たちは、デザイナーはより良いものに値することを知っています。彼らは、ニーズに応えるための最高品質のツールに値し、公平に扱われるに値します。
私たちはまた、デザインコミュニティ自身が何を必要としているかを最もよく知っていると信じています。そのため、私たちは、あなたのアイデア、フィードバック、ニーズに基づいて製品を形作ることを約束します。物事を始めるために、私たちがこの旅の次の章に乗り出すにあたって、何を見たいと思っているのかをもっと知りたいと思います。Affinityで何が見たいですか?どんな機能を夢見ていますか?何を達成したいですか?ぜひお聞かせください。
これまでの旅に不可欠な役割を果たしてくれたすべての人に感謝します。私たちは未来に興奮しており、一緒に何を築くことができるのかを待ちきれません。
感謝と興奮を込めて、
AffinityとCanvaのチーム
出典
- Affinityのサイト: The Affinity and Canva Pledge
- Canvaのサイト: The Affinity and Canva Pledge