おそらく多くのWebデザイナーが待ち望んだであろうiPad版のPhotoshopがリリースされました。
私はiPad Pro 9.7インチモデルでさっそく使用してみたのですが、なかなか驚きの完成度だったのでどのようなアプリか紹介したいと思います。
著者は 神速Photoshop [Webデザイン編] をはじめとしたPhotoshopやIllustratorの解説書を書いている @Stocker_jp です。
まずは写真補正から
一眼レフカメラで取り込んだ写真を現像しようとRAWデータを開こうとしても、Photoshopアプリでは開くことができません。
先にLightroomアプリで現像しJPEG形式で書き出す必要があります。
続いてPhotoshopアプリで明るさやコントラストの強さを微調整しようとトーンカーブ補正を探したのですが[調整レイヤー]一覧の中にありませんでした。
さすがに何かの間違いではないかと思って調べたのですが、トーンカーブは現在未実装とのことです。
追記: リリースから6ヶ月後の2020年5月に、ようやくトーンカーブが実装されました。
写真のマスク
写真のマスクはPhotoshopの基本的な機能のひとつです。
写真をマスクするとき、レイヤーマスク(ブラシツール等によるマスク)は可能です。
しかし、ペンツールでパスを描いてベクトルマスクしようと思った時、そもそもペンツールがないことに気づきました。
ペンツールがないと何が不便かというと、立方体や角張ったものをマスクしようとしても難しいのです。
トリミングについて
複雑なマスクは無理でも、トリミング、つまり長方形に切り抜きぐらいはできるだろうと切り抜きツールを使ってみたのですが、縦横の比率の固定や解像度の指定すらできませんでした。
率直に言うと、写真編集には向かないと思います。
Webデザイン制作に使えるか
たとえば「長方形などの基本図形を組み合わせて簡単なアイコンぐらいなら作れるかな」と考えていたのですが、そもそも長方形ツール・角丸長方形ツール・楕円形ツールなどが見当たりません。
従ってアイコンを作るのは難しいです。
続いて、出先でデザインカンプのPSDを開いて編集できるということに期待している方が多いと思いますので、昔制作したデザインカンプのPSDを開いてみました。
[レイヤー]パネルを見るとレイヤー構造はきちんと見ることができました。
しかし、ほとんどのレイヤーは編集することができませんでした。
シェイプレイヤーをタップやダブルタップしても編集することはできませんし、塗りつぶしレイヤーの色を変更したりすることもできませんし、スマートオブジェクトを編集することもできません。
レイヤースタイルの編集もできません。
できることといえば、テキストレイヤーのテキスト内容を変更したり、調整レイヤーのレベル補正や色相・彩度を調整することくらいでした。
ただし、テキストを変更するためにはあらかじめWindowsやMacと同じフォントをiPadにインストールしておかないと代替フォントに置き換わってしまうため、Adobe Fontsに入っているフォントだけを使用している方でないと使いづらいかとは思います。
また、アートポート機能を使用したPSDを開くと[アートボードにまだ対応していません]という警告が表示されます。
移動ツールではバウンディングボックスが表示されないので、レイヤーパネルを見ていないと今どのレイヤーを選択しているか確認できませんし、青いガイド線も表示されませんでした。
印刷物のデザインに使えるか
新規制作画面で、カラーモードがRGB 8bitしか選択できずCMYKは選択できないため、印刷物の制作に使用するのは難しいのではないかと思います。
iPad版Photoshopはどういう用途に使えるのか
iPad版Photoshopはどういう用途に使えるかしばらく考えてみましたが、「出先でPSDのレイヤー構造を確認したい時に使えなくはないかな」というくらいしか思い浮かびませんでした。
率直に言うと驚きの未完成度であり、この状態でリリースするのは無理があったと思います。
将来的に機能追加されれば簡単な写真補正やデザインのちょっとした修正くらいには使えるようになるかもしれないとは思いますが、当面の間は厳しそうです。
ではなぜこのような記事を書こうと思ったかと言うと、SNSを見ていると「iPad版Photoshopが出たからiPad Proを買って仕事で使おう」と投稿している方がたくさんいたり、Adobe MAX 2018の報道で「ほぼフル機能のPhotoshop」と報道されていたためPC版と同等の機能が使用できると思っている方がいたり、BUSINESS INSEDERの記事で “驚きの完成度。待望の「Photoshop iPad版」使ってみた” というタイトルで デスクトップ版並みの“本格派”アプリだ
と、PC版と遜色ないかのような記述があり、その記事がいろいろなところに掲載されているため、「PhotoshopだけのためにiPadを購入してがっかりする人が出てはいけない」と思ったためです。
iPad版Photoshopに対する誤解
ただ、SNSを見てると間違った情報をもとに批判している方もいて、それについても訂正したいと思っています。
たとえば「Apple Pencilで絵を描こうとすると、パームリジェクション機能がないので手の甲が画面の右下に当たって余計な線が描かれてしまう」といったものです。
iPad版Photoshopのホーム画面の右上にある歯車のアイコンをタップして設定画面に入り、[入力]タブをクリックして[スタイラスのみペイント]をオンにすれば、ブラシツールで線を描くときApple Pencilの入力しか受け付けなくなるため手の甲が当たって余計な線が引かれてしまうということはないと思います。
ただこの設定をオンにしたままだとApple Pencilがない時には線が描けなくなってしまいますのでご注意ください。
「PC版と画面が違うのが許せない」という意見も結構ありましたが、私はこれは仕方がないと思います。
PC版と全く同じ画面だった場合、最初はとっつきやすいかもしれませんが、テキストメニューの展開や各パネルの右上の小さな[≡]メニューを開いたりなど指ではやりづらい操作が多く、使えば使うほど効率が悪いと感じるようになると思います。
iPad版Photoshopは、たとえば「レイヤーパネルをピンチインすると小さく表示することができる」といった独自の工夫もされています。
※余談ですが、どうしてもiPadでPC版Photoshopと同じUIで写真編集がしたい場合、Photopia というWebアプリがあります。
あと、価格に対する誤解も多いです。
iPad版のPhotoshopは無料ではなく毎月1080円ずつ払い続ける必要があるサブスクリプションアプリです。
Adobe CCコンプリートプランまたはフォトプランに入っている方は追加料金なしで使用することができます。
画面左下にある半透明の白い円形のUIについて
「画面の左下にある白い半透明のUIが何なのかわからない」という投稿も結構見ましたが、これは[shift]キーや[option][Alt]キーの代わりになるものです。
たとえば移動ツールで水平または垂直に図形やテキストを移動したい時、この部分を押しっぱなしにしながらもう一方の指またはApple Pencilで図形を移動すると[shift]キーのように垂直または水平に制限されます。
図形やテキストを複製したい時はこの円形の部分を少し下などにスワイプした状態でもう一方の指またはApple Pencilで図形をドラッグすると[option][Alt]を押した時のように図形が複製されます。
前の手順に戻りたい時は、二本指で画面をタップすると戻ることができます。
設定画面で[ジェスチャーを表示]をタップすると、このようなジェスチャー操作の一覧が表示されます。
iPad版Photoshopは進化するのか?
ネガティブに考えれば、これまでAdobeはiPad用のアプリをたくさんリリースしてきたものの、そのほとんどはまともにアップデートされないまま放置されています。
ひっそりと配布終了したアプリも複数あります。
iPad版Photoshopも「鳴り物入りで登場したもののまともにアップデートされず、使い物にならないまま忘れられていく」という可能性はあると思っています。
ポジティブに考えれば、これは「PhotoshopやIllustratorを1から作り直すための土台なのかもしれない」と考えています。
Photoshopの設計は非常に古く、パフォーマンスも大変悪いです。
たとえば「CPUが12コアの高額なMac Proを買えばPhotoshopがサクサク動くようになるのでは」と期待される方が多いかと思いますが、残念ながら4コアのMacと比べてほとんどパフォーマンスは向上しません。
Photoshop CCはマルチコアCPUをうまく活用できていないためです。
また、Macのトラックパッドを使用してピンチアウトでカンバスを拡大した場合、カクカクしながら拡大縮小する上に、マウスカーソルがカンバスのどの位置にあっても画面の中央から拡大されるなど、設計の古さを感じます。
しかし、iPad版Photoshopは少なくともピンチアウトやピンチインによる拡大縮小は滑らかにできており、パフォーマンスは悪くないように見えます。
もしPhotoshopを1から作り直す気があるのであれば、こちらをベースに作り直した方が良さそうな予感がしています。
まとめ
iPad版Photoshopは残念ながら現時点ではPSDビューア以外の使い道はないのではないかと思います。
少なくとも「これがあるからMacやWindowsなしでも仕事できるようになる」とは全く思いません。
しかし、誤解していただきたくないのですが、私は「iPadはあと一歩でWeb制作の仕事で使えるようになる」と思っています。
とくにiPadOSになってからは実用性を重視した変更が数多く行われており、たとえばiPadOS版のSafariではFigmaがほぼ問題なく動作しますし、Bluetoothマウスも利用できます。
Affinity PhotoやAffinity DesignerのiPad版はMac版やWindows版とファイルの互換性もあり、RAW現像、ペンツール、青いガイド線、カラーモードCMYKといったPC版とほぼ同じ機能が利用できるようになっています。
価格も2440円(毎月ではなく買い切り、1度だけの支払い)と機能の割に安いです。
リンク: 「Affinity Photo」をApp Storeで
勉強会に参加するとき、以前はMBPを持って行っていたけど昨日のSketch Tokyoは試しにiPadをミニ三脚にマウントして物理キーボードなしで参加してみた。
— なつき@Sass講座11/10(日)開催 (@Stocker_jp) 2019年10月31日
結果、全く困ることがなかった。 pic.twitter.com/NdnOxJ7miz
私はWeb系の勉強会やセミナーに話を聞きに行くときは最近はMacBook Proを持ち歩かずiPad+ミニ三脚+三脚にiPadをマウントするアダプターだけで参加しています。
iPadOSではキーボードを小さく表示することもできるようになったので、外部キーボードすら持ち歩いていません。
私の場合、自宅で仕事するときはiMac 5Kの広い画面で作業しますが、出先でちょっとした作業をするためにMacBook Proを持ち歩かなくなる日はそう遠くないと思っています。